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※ 記述の基本姿勢
この問題は、かなり特殊な問題である。
あくまで私は、「ゲーム理論研究家」としての立場から、この尖閣問題を論じている。
すなわち、「日本人として当然軸足を日本に置くが、なるべく公正な見方で
、公正に判断する」(ゲーム理論的発想法)
という態度で論じている(時には、中国に軸足を置くが、なるべく公正な見方で、公正に判断することも必要)。
そしてこのHPの主旨は、日本の将来のために特に「中国
という国(政府)に対して正しい認識を持つべきである」と警告を発することにある。
”滑稽和尚のイメージが強い一休和尚であるが、あるとき彼が庭の曲がった松を指さし、「誰かあの松を真直ぐと見るものがあるか?」と尋ねた。その意図を測りかねた弟子たちは返答が出来ず黙っていたが、
ひとり蜷川新左衛門が「あの松は曲がっております」と答えた。そのとき一休和尚は「そのとおり
、曲がったものを曲がったものと見るのが、真直ぐな(正しい)見方である」と教えたという。”
この訓話から何が言いたいのか!
すなわち、日本の将来のため「中国(政府)はこんな国である」という現実をしっかり認識し、将来に備えてもらいたいからである。
1945年出来上がったばかりの中国政府は、チベットを侵略した。これほど明確な侵略はない。チベット側には一片の侵略されるべき理由はない(ただし、チベットほど侵略しやすい国もない)。
中国は、日本には執拗に「反省と謝罪」求めるが、この侵略に対して「一片の反省も謝罪も謝罪もしない国」である。
中国はこんな国である。
このことは、日本の将来のためにしっかり認識する必要がある。
一方日本には、こんな勢力も数多く存在している事実も認識する必要がある。
平成17年(2005)5月23日、小泉政権時代、日本を訪れていた中国の呉儀副首相が午後に予定されていた会談をその日になってキャンセルし、急遽帰国した。
これは非常に非礼な事だ。
そこで最も問題なのは、朝日新聞の「日中関係、ああ、なんと不毛な」という社説である。
その内容であるが、「首相との会談を当日になってキャンセルするのは極めて異例だ。理由を明確にしなかったのもマナーに欠ける。ただ、最近の経過を振り返れば、中国ばかりを責めることはできない。…」とあり、中国を非難するに近い文はこれだけで以下全面、日本政府を非難する
文章で埋め尽くされている。
ここで井沢開理とこの朝日新聞論説委員との根本的記述態度
の差を明確にしておきたい。
井沢開理の根本的記述態度
「日本人として 軸足を日本に置くが、なるべく公正な見方で、公正に判断する」
この朝日新聞論説委員の根本的記述態度
「中国に軸足を置き、中国に有利・日本に不利になるように不公正に判断し、すべての責任は日本側にあるように、結論を導く」
すなわち、日本政府と中国政府を「白紙的に横並びで比較した場合」(これもゲーム理論では重要なキーポイント)、
「日本が不誠実な対応をしている政府」であり、「中国が誠実な対応をしている政府」であるとは、とても思えない。社説の内容は、すべての責任は日本政府あるという形で締めくくられている。
不公正な判断をすれば、どんな結論でも出せる。
過去の朝日新聞には、このような思想の人が数多く
おり、主導権を握っているのも、また厳然たる事実である。
これら人達の思想を一応紹介しよう。
この論説委員および元社員の本多勝一氏のような反日家が主力であった朝日新聞の主義・主張の根本は、「日本が悪」が絶対であり、それも「日本が超極悪でなければならない」のである。「日本が悪と書いていない教科書」は、絶対これを許すことが出来ないのである。そのためのいかなる不法行為もすべて正義なのである。
また、「日本が悪である」という材料があれば、何でも飛びつき、日本および外国に「日本が悪である」を宣伝
し、日本のイメージダウンになれば、とりあえず当初の目的を達することが出来るのである。
「日本が悪」であり、それも「日本が超極悪」ならば、この日本をどうするのか。それはこの日本を潰し、新しい自分たちの国、日本を作り直すか、最小限をこの「日本を二度と立ち上がれないようにする事」であろう。これは完全に「中国政府の考え」と「朝日新聞主流の考え」
が一致する。
もう一つ朝日新聞主流の思想の誤りを指摘しておきたい。
朝日新聞は「ヒダリにいると真ん中もミギに見える」のであり、そして「真ん中と超極右との区別がまたっく付かない」ということである。
朝日新聞の若い皆さん! 「日本が悪
い国である」(中国は悪い国でない)という歴史教科書で育ち、それが骨の髄まで「日本が悪
い国である」が染みついている
あなたに、ゲーム理論的な発想法である「横並びで白紙的に比較・検討する」手法を紹介するので、ぜひ将来の日本のために検討していただきたい
(反論があれば、ぜひお願いしたい)。
まず国家というものは、善と悪の混合物である。
一方的に善と決めつけるのも誤りならば、悪と決め付けるのもまた誤りである。
国家には「利益追求」という絶対的な要素が存在し、それに付随して「エゴ、狡猾」という要素を持つ一方、また「お人好し」という要素も通常存在する。
そこでそれらの要素およびその度数について、日本と中国を比較し、表にして表すというのが、基本的なゲーム理論の手法である。
日本と中国が持つ国家としての要素およびその度数に関する比較・検討表
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日本政府 |
中国政府 |
備 考 |
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エゴ・狡猾度数 |
10以下 |
100 |
仮に「エゴ・狡猾度数」について
中国政府を100とした場合
日本政府との比較 |
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お人好し度数 |
100 |
1以下
(一片のお人好し度数
も感じられない) |
仮に「お人好し度数」について
日本政府を100とした場合
中国政府との比較 |
上記表の数値は井沢開理個人の感性で付けたものであるが、大きな誤りはないと思う。
なおあなたなら、朝日新聞の若い人なら、どう点数をつけどう評価しますか?
ここで本当に言いたいことは、「日本は悪でない」
(悪の度数は中国の方が遥かに大きい)ということであり、それは上記の表が証明しているであろう。
更にそれを強化するには、日本と中国の戦後史を誤魔化すことのできない資料で、白紙的に比較・検討するとよいでしょう。
朝日新聞の主力の人達は今日まで、「日本が悪である」(日本を悪とキメツケれば、必然的に中国は悪でないという事になる)を大前提に主義・主張してきた。
井沢開理は、「中国は、エゴ・狡猾の国」であり(日中でエゴ・狡猾度数に差があり過ぎる)、「平気でウソを言う国である」(尖閣諸島問題で一片の真実性も正義性も認められない)と認識して(キメツケではなく、曲がったものは曲がったものと認識して)、このHPを論理を進めていく。
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